水戸浪士の毛塚

徳川幕府の大老「井伊直弼」の動きに反対した多数の水戸藩士は襲撃を企て、長岡の地に屯集しました。そのうち、高橋多一郎ら17人が浪士となり大老襲撃の武芸に励みました。
そして江戸へ向かうとき、髪の毛を断ち切り、決意の証として屯集地付近に埋め成功を祈ったのです。
万延元年(1860)3月3日、水戸浪士らは井伊大老を桜田門外において狙い討ちしました。後に、長岡の住民は髪の毛を字・天徳寺に移して、塚と社を建て楠公社と呼ぶようになりました。大正5年(1916)4月には、長岡青年会の発起により「桜田烈士記念碑」が建てられました。
所在地
茨城県東茨城郡茨城町長岡1226
指定

種類
史跡
茨城町 生活経済部 商工観光課
〒311-3192
茨城県東茨城郡茨城町大字小堤1080

TEL:029-240-7124
FAX:029-292-6748
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