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茨城町の文化や歴史を紹介します。

文化財一覧

茨城町文化財一覧。木造阿弥陀如来坐像、小幡北山埴輪製作遺跡、木造阿弥陀如来三尊像 、神塚神社の椎の木、勘十郎堀跡、小幡ひょっとこばやしなど。

木造阿弥陀如来坐像(国指定彫刻)

平安時代末から鎌倉時代初めに制作された寄木造りの阿弥陀如来坐像。円福寺で保管。

大戸のサクラ

大正時代のはじめ頃には枝が大きくはりだし、その広さは300坪(1000平方メートル)も あったといわれています。水戸黄門で有名な水戸光圀公も、鑑賞したと伝えられています。  現在は、全株の根元の周囲は7メートル、高さ約1…

小幡北山埴輪製作遺跡

小幡北山埴輪製作遺跡は、埴輪という焼物をつくっていた工場の跡です。材料の粘土を掘った跡、埴輪の形を作ったり、保管していた建物の跡、埴輪を焼いた窯の跡が見つかっています。なかでも、窯数は59基と全国で1番多く、平成4年(1…

木造阿弥陀如来三尊像

弘仁3年(812)建立の寺伝が残る円福寺は、法叡山高岳院円福寺と号する天台宗のお寺です。平安時代末から鎌倉時代はじめ頃に造られた阿弥陀如来像は国指定の文化財となっています。 他にも室町時代の絹元著色阿弥陀如来像や、徳治2…

広浦の秋月

水戸藩第9代藩主・徳川斉昭によって選定された水戸八景の一つ。今も「広浦秋月」の碑があります。 「浪の色も空にかよひてすめる夜の月の光も広浦の月 」

神塚神社の椎の木

勘十郎堀跡

運河の名として残る松波勘十郎は、藩政改革の請負人として水戸藩に呼び寄せられ、宝永の改革を一任された男です。その中心といえるのが、「紅葉運河」と「大貫運河」の2本の工事でした。江戸・東北間の物資輸送の重要な場所に運河をつく…

小幡城跡

小幡城は、三方を水田に囲まれ、西に広がる舌の形をした台地に築かれた、中世のお城です。この城を築いた人物「小幡氏」についてははっきりしておりませんが、下流の鳥羽田氏や海老沢氏と同じ一族であったと考えられています。 複雑に入…

小幡ひょっとこばやし(町指定無形文化財)

時を超えて今も受け継がれている伝統芸能のひょとこばやし。おはやしの由来は戦国時代にまでさかのぼります。当時の小幡城主が勝軍地蔵をまつる鎮守・愛宕神社の祭礼の時に、領民におはやしをさせたのが始まりと伝えられています。

水戸浪士の毛塚

徳川幕府の大老「井伊直弼」の動きに反対した多数の水戸藩士は襲撃を企て、長岡の地に屯集しました。そのうち、高橋多一郎ら17人が浪士となり大老襲撃の武芸に励みました。 そして江戸へ向かうとき、髪の毛を断ち切り、決意の証として…

鹿島神社の銀杏

宝塚古墳

古墳時代には、豪族たちの土を盛った様々な形のお墓が作られていました。一般的なかたちは、円墳,方墳,前方後円墳です。 宝塚古墳は、県内に十数例しか発見されていない前方後円墳で、全長39.3m、周囲には5~7mの溝が巡ってい…

木村家住宅

木村家住宅は、江戸時代長岡宿の脇本陣で、問屋(人や荷物を輸送)や庄屋を務めていました。脇本陣は、大小名などが休泊した本陣の予備にあたる宿舎です。当家は、安政4年(1857)の長岡宿の大火により消失、現在の建物はその後建設…

茨城町 生活経済部 商工観光課
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茨城県東茨城郡茨城町大字小堤1080

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